
はじめに
近年、サイバー攻撃の高度化に伴って、企業のセキュリティ施策の重要性が増しています。特にペネトレーションテスト(ペンテスト)は攻撃者視点で脆弱性を突き、実効性のある防御策を構築する上で不可欠。しかし日本では依然としてペンテストの認知や導入が進んでおらず、多くのIT担当者でさえ十分に理解されていないのが現状です。
本記事では、世界各国でのペンテスト導入状況や法規制の枠組みと比較しながら、日本がいかに異質であるかを浮き彫りにし、日本企業が今すぐ取り組むべき理由を明示します。
1. ペネトレーションテスト市場の世界的な動向と統計データ
世界市場の規模と成長傾向
グローバルなペンテスト市場は2021年の約16億ドルから2026年に30億ドルへ(CAGR約13.8%)と急拡大中。
参照:Pentest-Tools.comPTaaS(Penetration Testing-as-a-Service)市場単体でも、2024年には19億ドル、2025年は23億ドル、2029年には51億ドルへと、CAGR約21.8%の成長が予測されています。
グローバルインフォメーション
日本市場の規模
日本国内のペンテスト市場は2024年で約5億ドル(約68億円規模)とされ、2033年までに13億ドルに成長する予測(CAGR 12.8%)があります Quantivue Tech。
こうした成長要因としては、デジタルトランスフォーメーションの進展、APPIなど法規制への対応、クラウド・IoT環境の拡大などが挙げられます。
ペンテスト導入率・認知度に関する調査
世界的には、企業の73%がウェブアプリケーションの脆弱性を通じて攻撃を受けているとの報告があり getastra.com、その多くが後追い型対応では被害が避けられないとされています。
一方で、企業のうち年1回以上ペンテストを実施している割合は50%前後という報告もある中、日本ではその数値が明確に示された公的統計は確認できず、民間市場報告を踏まえても、まだ導入が限定的であると考えられます。
私の個人的な実感値としてはこの数字、日本においては、5%もないのではないかと思います。
2. 他国における法制度と義務化の事例
インドネシア:OJK制度による明確化
インドネシアでは、金融庁 OJK による PO JK.03/2022 や SE OJK‑29(SE OJK Siber) にて、金融機関に対して定期的なペネトレーションテスト実施を義務化または強く推奨しています。これにより、銀行や大手企業では多くが年次または重大変更時のテストを義務づけられています。
ICLGビジネスレポートKPMG
インド/米国:法的・規制要件
インドでは、IT法、ナショナル・サイバーセキュリティ政策、RBIガイドライン、PCI DSS 等が法的枠組みとして存在し、許可プロセスを経た上でのペンテストが規定されています。
Prembly米国では、PCI DSS(商用カード業界データセキュリティ標準)要件第11項で、少なくとも年一回の内部および外部ペンテストを義務づけています。
iosentrix.comBlue Goat Cyber
EUその他地域:GDPR や SOC 2 等
欧州・米国では、HIPAA、SOC 2、GDPR といったコンプライアンス枠組みの一環として、ペンテストや脆弱性評価が「標準要件または強く推奨」されています。
3. 日本の現状:制度・認知・運用面のギャップ
制度面における弱さ
日本では、クレジットカード業務に関するPCI DSS基準に従っているケースくらいしか、ペンテストに関する明確な規制要件はありません。
その他の業界や一般中小企業では、制度的にペンテスト導入が「義務化」されている例はほぼ存在せず、この点で国際的な標準と比較して大きく立ち遅れています。
認知度の課題
IT部門担当者でも「ペンテスト」という用語を知らなかったり、脆弱性診断とごっちゃになっているケースが多く報告されます。
日本企業では「情報セキュリティの一環として」ではなく、事後対応型の運用中心となりがちで、リスクを根本的に防ぐ姿勢が弱い傾向にあります。
サイバー犯罪の国際化に対する危機感不足
フィッシングやランサムウェアなど、国境を越えて拡大するサイバー脅威の増加にもかかわらず、日本企業は対策の国際標準化に追いついていません。
他国が法制度や運用ルールを整備し、年次テストを常識化している中で、日本独自の緩やかな対応は、国際ビジネス環境においてリスクとなり得ます。
4. なぜ日本企業もペンテストに取り組むべきか:強いメッセージ
● リスクの未可視化による経営リスク
定期的なペンテストは、組織全体のリスクを可視化し、重大事故の未然防止につながります。攻撃者が悪用可能な脆弱性を発見し、先行して手を打てば、経済的損失や信頼失墜を防げます。
● 国際的な信頼と取引条件
海外企業やグローバルパートナーとの連携において、**コンプライアンス準拠の証明(PCI DSS/SOC 2など)**が必要になるケースが増加しています。ペンテスト未実施では、取引の機会損失となる可能性があります。
● 法制度整備の予兆と先手対応
インドやインドネシアなどのアジア諸国では、すでにペンテストの法制度整備が進んでおり、日本でも金融庁などが類似の措置を検討する可能性は高いと考えられます。
5. 他国との比較まとめ
項目 | 日本の現状 | その他の主要国/地域 |
---|---|---|
制度的義務化 | ほぼなし(例外:PCI DSS) | インドネシア:金融庁 OJK 規制あり、米国:PCI DSS義務、EU:GDPR等で推奨 |
導入率 | 明確な統計なし:限定的 | 世界で50%前後が年次実施、インドネシアやインドでは義務化 |
認知度 | 低く、混同や誤認もあり | IT担当者レベルでも標準知識として浸透済 |
リスク対応 | 事後対応中心、未然対策弱い | 先行検知と継続的評価を重視 |
国際信頼性 | PCI DSS業者中心、一部限定 | SOC 2, GDPR 準拠など国際取引に必要 |
6. 国内の取り組みと今後の提言
● 経営層・IT 部門への啓蒙活動
まずは経営陣・IT 部門双方に対して、「ペンテストは単なる技術的チェックではなく、リスクマネジメントの基盤である」ことを共有し、権限・予算を整備する必要があります。
● 定期実施体制の構築
年1回の内部/外部ペンテストと、重要な変更時の再テストを組み込んだ制度を導入すべきです。契約ポリシーや内部ガイドラインで明文化しましょう。
● 国際認証や外部基準との整合性確保
PCI DSSに限らず、ISO/SOC/GDPR基準へ適合する取り組みの準備を進め、グローバルな信頼性を高める準備が必須です。
7. 結論:日本企業が「他国と同じ常識」を取り戻すために
現段階での制度的整備が遅れている日本では、企業自身が先手を打って取り組む必要があります。
世界市場では当たり前となっている年次的・変更時のペンテスト実施を、日本企業でも常識化すべきです。
特に金融/ヘルスケア/eコマース業界では、既存の規制や国際基準を起点に改革を進める余地があります。
サイバー脅威が国際的に拡大する現代において、日本独自ルールだけでは企業の信頼性を維持できず、競争力も低下しかねません。